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何も考えずに

今週火曜日の「増殖する俳句歳時記」で、土肥あき子さんが、「ミッキーの風船まるい耳ふたつ」(今井千鶴子)という句を採り上げていました。ミッキーマウス80歳の誕生日だから、ということでした。

そんなことが頭のどこかに、残っていたのかもしれません。本日、寒い寒いと思いながら、仕事帰りの足を速め、横浜駅で東横線から相鉄線に乗り換える途中、「東京ディズニーランド25周年」の派手なポスターが、目の端を過ぎました。

「ああ25年が経ったのか」と、思いました。

25年前、わたしはその浦安市に住んでいました。埋立地にそそり立つ、高層マンションの一室を購入して、数年が経っていました。窓を開けると、海がそのまま与えられているような、とんでもなく見晴らしのよい部屋でした。

数年後にディズニーランドが出来るからという理由で、そのマンションを買ったのでは、もちろんありませんでした。何も知らずに、ただ、窓を開けるとはげしく海風が部屋を通過する、その勢いがすがすがしくて、何も考えずに買ったのでした。

ある日、市役所から、「ディズニーランド」開園前に市民を招待する、ついては、出張所の指定する場所まで入場券を受け取りに来るようにと、回覧板が来ました。で、わたしは指定された日時に、指定された広場へ行き、指定された列に並んで券を受け取りました。もちろんとくに興味があったわけでもなく、知らせがあったから、何も考えずに並んだのでした。

その日になりました。わたしは自転車に乗って、近くのコンビニに行くような気分で、ディズニーランドへ行きました。適当なところへ自転車を置き、しばらく園内を見て、ふたたび自転車に乗って家まで帰り、お昼のお蕎麦をたべて、夕方、せっかくだからと、再び自転車に乗って、ディズニーランドへ向かいました。

近いとはいえ、自転車で30分ほどの距離は、途中の道は整備されておらず、かなりの苦労を伴いました。もう暗くなった道を、家にふたたび帰る途中、道の、大きなへこみに車輪を取られて、いくどか転んだことを覚えています。

お金がなかったわけでもなく、どうして自転車になんか乗って行ったんだろうと、若かった自分の行動が、今は理解できません。

お金がなかったわけでもなく、どうしてわざわざお昼に家に帰って、お蕎麦を食べたのだろうと、若かった自分の行動が、今は理解できません。

でも、なぜか自転車に乗って向かったそのときの、わくわくしていた若い気持ちを、今はなつかしく思い出すのです。

それからその自転車の後ろには、もう一台の自転車がついてきていたのでした。その人はもうこの世には、いませんが。

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