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ああ、10年たったんだ

日曜日です。「増殖する俳句歳時記」、私の担当曜日です。今日は使帆の「涼しさや寝てから通る町の音」です。使帆は「しはん」と読みます。江戸期の俳人です。句を読んでいる限りは、江戸のものとはとても思えない新しさを持っています。むしろ今のほうが、時の中で古びているような。

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朝の遅い食卓に、テレビの音が届いていました。アナウンサーが、「和歌山毒物カレー事件から10年が経ちました」といっています。家内が、「ああ、アトランタに行ってから10年経ったんだ」と言います。「どうして?」「「アトランタのテレビでこの事件のニュースを見たの、覚えてないの?」。そうか、と思いました。

1998年の7月のことでした。上司から、「アトランタ本社にしばらく手伝いに行ってきてくれ」と言われ、「家族と一緒に行ってもいいから」と、喜ばしい条件までつけられて、40日間の出張に行っていたのでした。今18歳になる娘たちが、8歳だった時の夏です。いつからでもいいというので、娘たちの学校の夏休みの、始まりから終わりまでにしました。

事前に、日本から電話をしてアパートを借りたり、ピアノを借りたりと、出発まで面倒なことが山ほどあったものの、行ってみれば楽しいことばかりの、今でも家族の、一番印象に残った夏の思い出になっています。

借りたアパートは、アパートという名とはかなりイメージの違うものでした。備え付けられた家具は、どれも豪華なものでした。平屋でしたが、部屋は優に200㎡はあったのではないかと思います。扉を入ると、右と左に別々の家族が住めるようにベッドルームもトイレも風呂も、いくつもあるのでした。あまりの広さに、夜はむしろ怖いほどで、家族4人、いつも同じ部屋ばかり使っていました。

空調はアパート全体が24時間つけっぱなしで、快適でした。また、子供たちにとってもっとも魅力的だったのは、アパートのプールでした。日本の、ちょっとした市民プールほどの大きさのものに、いつもきれいな水が湛えられていました。夏の盛りで、おそらく日中は日本よりも暑い陽射しの下、わたしが会社に行った後は、子供と家内は、毎日そのプールで過ごしていたようです。

日本と違って、社内にはいろいろな人種の人たちがいて、初めのうちはそれだけで圧倒されてしまいましたが、関わりをもつすべての人がわたしに優しく接してくれました。どの人も落ち着いた、心地よい人生を送っているのだということが、そのおだやかな表情からわかりました。あくせくと働いている人など、一人も見当たりません。

アトランタからの帰りには、せっかくだからというので、フロリダのディズニーワールドに数日泊まりました。宿泊施設にも、レストランにも、ディズニーのキャラクターがうようよいて、子供たちには夢のような日々でした。トイレットペーパーにまで、ミッキーの顔がプリントされていました。

それからニューヨークに数泊して、ミュージカルを見たり、買い物をしたりして、帰ってきたのでした。これほどに恵まれた出張は、後にも先にも、このときだけです。それでもすばらしい会社に入ったものだと、帰りの飛行機の中で、わたしはつくづく感謝したものです。

夏の強い日差しを浴びると、わたしは時折そのときのことを、思い出すのです。

わたしにとってはとくべつに、切り離された夏なのです。

こんなわたしに与えられた、ひと夏なのです。

今はもう大きくなって、分別のついてしまった娘たちが、プールの水しぶきにキャーキャーいっていた姿を、だからいつでも思い出したいときに、はっきりと思い出せるのです。

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